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広島地方裁判所 平成10年(手ワ)22号 判決 1999年3月29日

原告

広島県信用組合

右代表者代表理事

品川清

右訴訟代理人弁護士

緒方俊平

中田憲悟

被告

ヤマキ産業株式会社

右代表者代表取締役

山本希生

右訴訟代理人弁護士

山本正則

池村和朗

主文

一  被告は、原告に対し、金一三〇〇万円及びこれに対する平成九年一二月二五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一、二項と同旨の判決並びに仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  被告は、別紙手形目録記載の約束手形一通(以下「本件手形」という。)を振り出した。

(二)  本件手形の裏面には、裏書人株式会社セ・ラ・ビ(以下「セ・ラ・ビ」という。)、被裏書人原告との記載がある。

(三)  原告は、本件手形を満期に支払場所に呈示した。

(四)  原告は、本件手形を所持している。

2  本件手形が、訴外前田忠司(以下「前田」という。)が被告代表者名義の捺印(以下「代表者印」という。)を盗用、偽造することにより振り出されたものであったとしても、本件手形が流通した帰責性は代表者印の管理を怠った被告にあり、他方、被告は本件手形が真正に作成されたものと信じたのであるから、権利外観理論の適用により被告は手形責任を負担する。

3  よって、原告は、被告に対し、約束手形金一三〇〇万円及びこれに対する平成九年一二月二五日から支払済みまで手形法所定の年六分の割合による利息を支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)の事実は否認し、同(二)ないし(四)の事実は認める。

2  同2は争う。

三  被告の主張

原告は、平成九年一一月一〇日、本件手形を取得する際、本件手形が真正に作成されたものと信じたとしても、次に述べるような事情が存在するから、そのように信じたことに過失があるというべきである。

1  約束手形の振出人に課される印紙税の納付義務が履行された場合、振出人は印紙を貼付し、振出人印を用いてそれを消すのが通常であるところ、本件手形には印紙を消すのに代表者印が用いられていない。

2  約束手形を振り出す場合、手形用紙を手形帳から切り取る前に切取線上に割印を押すのが通常であるところ、本件手形には割印が押されていない。

3  原告は業務として日常的に手形を取り扱う金融機関でありながら、本件手形が有効に振り出されたものか否かについて調査せず、一般的な信用調査しかしていない。

四  被告の主張に対する認否

被告の主張事実は否認する。

第三  証拠

証拠の関係は、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(二)ないし(四)の事実は当事者間に争いがない。そこで、以下請求原因1(一)の事実について検討する。

二  証拠(被告代表者)によれば、本件手形(甲一の1)の被告の記名印及び被告代表者名下の印影は代表者印の印影と同一であることが肯認できるので、被告の本件手形行為は被告の意思に基づいてなされたものと推定される。

しかしながら、証拠(甲一の1、2、乙一、三の1、2、四の1、2、五の1、2、七の1ないし3、八の1ないし3、九、証人前田忠司、被告代表者)並びに弁論の全趣旨によれば、(1)当時、中国電機株式会社の社員であった前田は、いずれも同社の下請会社である被告及びセ・ラ・ビとの間に介在し、右下請両社が相互に融通手形を振出、交換することを仲介していたものであるが、平成九年四月九日、被告に依頼してセ・ラ・ビ宛てに額面合計金一五〇〇万円の手形(額面金五〇〇万円、支払期日平成九年八月三一日の手形三通)を振り出させ、同年八月二七日、右手形の決済資金(一部)として有限会社ヤマヨシ(以下「ヤマヨシ」という。)振出の額面合計金一三〇〇万円の手形(額面金六五〇万円の手形二通)を被告に交付したこと、(2)被告は、右ヤマヨシ振出の手形を割り引いて決済資金に充てたこと、(3)平成九年九月一日、前田が被告の事務所を訪れ、被告に対し、「ヤマヨシから、同社の右手形を割引に付したということで責められているので、見せ手形として被告振出の額面金一三〇〇万円の手形を貸して欲しい。」旨懇請したこと、(4)被告(代表者山本希生)は、前田の依頼に応じ、前田の面前で、金額、振出日及び支払期日欄にのみ記入し、振出人欄には被告の記名印のみで代表者印を押捺せず、受取人欄白地の本件手形を前田に交付したこと、(5)被告代表者山本希生は、本件手形を前田に交付した後、記名印、代表者印を入れた印箱に施錠せずこれを机に置き、前田をその場に残したまま約三〇分間所用のため席を離れたこと、(6)前田は、被告代表者山本希生が離席している間に、印箱から被告の代表者印を取り出してこれを本件手形に盗捺したこと、(7)その後、本件手形は前田からヤマヨシを経てセ・ラ・ビに移転し、その間に受取人欄にセ・ラ・ビと補充され、そして、原告がセ・ラ・ビから割引依頼を受けてこれを取得するに至ったことが認められる。

右認定事実によれば、本件手形行為は被告の意思に基づいてなされたものとの前示推定は覆され、前田が被告の代表者印を盗用し、本件手形の振出を偽造したものであることが認められる。

三  原告は権利外観理論の適用により被告が本件手形の振出責任を負担すべきであると主張するので、この点につき検討する。

真実と外観とが異なる場合にも、本人に外観を作出したことに責むべき事由があり、そして相手方がそのような外観を真実と誤認することにつき十分の理由があるときは、本人をして外観に基づく責任を負担せしめるのが相当である。

これを本件についてみれば、前示のとおり、本件手形は前田が被告代表者印を盗用し、振出署名を偽造したものであるが、第三者である原告とすれば、権限のない者によって押捺されたことを判別する方法は全く存しないのであり、他方、被告代表者は代表者印が捺印されると本件手形が有効に成立することを認識しながら、代表者印の存在について知っている前田の手の届くところに代表者印を放置したまま、前田を残して席を離れており、その隙に前田が代表者印を盗用して本件手形の振出を偽造したというのであり、そうすると、本件手形が流通されるに至ったのは、被告が代表者印の保管につき十分な注意を払わなかったことに帰責事由があるということができる。

したがって、このような場合には、名義人である被告が本件手形上の責任を負わしめられてもやむを得ないというべきである。

もっとも、証拠(甲一の1)によれば、被告の主張するように、本件手形面の収入印紙に消印がないことや、本件手形の切取線上に割印がないことが認められるが、これらは手形の効力を左右する事情ではないし、本件手形を割り引くにつき盗難又は偽造等の事故手形ではないかとの疑念を抱かせるに足りる事情ともいえない。

かえって、証拠(甲二、三、証人高田博夫)によれば、本件手形が手形割引される以前にも別の被告振出の約束手形がセ・ラ・ビにより割引のため原告に持ち込まれたことがあるが、その際には被告の取引銀行である広島銀行五日市支店に対し被告の取引振り等について照会したり、情報収集により信用調査をし、その上で右手形が決済されたことがあったこと、本件手形がセ・ラ・ビにより持ち込まれた際には、原告の手形割引担当者であった高田博夫が、手形要件の審査の他に、融通手形であるか否かの調査のため、セ・ラ・ビ代表者から手形の原因関係が請負工事代金であることを聴取し、請負工事現場に赴いて裏付調査を行ったことが認められる。

右事実によれば、原告としては十分に慎重な調査を行ったというべきであり、さらに進んで被告又は被告の取引銀行に対し本件手形が有効か否か照会するなど、振出署名の真否を確認しなかったことが過失に当たるとすることはできない。

以上によれば、権利外観理論により、被告は本件手形の振出責任を免れないものというべきである。

四  よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条二項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官松村雅司)

別紙手形目録<省略>

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